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短編 「風鈴」

朝目覚めると、僕は「風鈴」になっていた。
「まいったな」
あまりにも突然に“変わって”しまったので、僕にはこれからどうすればいいかわからない。
りりりん、りん、りりん。

ときよりなびく風に頭を打ち付けられとても痛い。
手も足もなく、ただ物干し竿から不吉な糸が一本僕の頭に垂れて繋がっている。
本当にどうしようもない。今の僕にできることは重力と風力の物理的法則に素直に従うことだけだ。
ああ、僕はそんな風鈴の気持ちを知りもしないで今まで「風流だなあ」なんてきやすく言葉を使っていたのか。

りりりん、りん、りりん。
そんな風に鳴っている僕に気づいたのか、同じ学生寮の同じ部屋の違うベッドで眠るルームメイトが「おい、おまえ何でまた風鈴なんかになっちゃったの?」と聞いてきた。

「僕にもよくわからないんだ」 
「よくわからない? そんな言い訳聞きたくないね。」
「言い訳?」 
「ああそうさ、俺が風鈴が嫌いだってことを承知でお前はそうしたんだよ。いじわる以外のなにものでもないね。」 
「でも、僕は君が風鈴が嫌いだってことは知らなかったし、僕が風鈴になるってことも知らなかったんだ。」 
「お前がそれを知っていようが知っていまいが関係ないんだ。どんな理由があれ、お前は俺が一番嫌がる姿になっているんだ。」 
「ちょっと待ってくれよ、本当にぼくにもよくわからないんだ。 流れ星にお願いしたわけでも役所で「風鈴にしてください」って申請したわけでもないからね。それに何で君はそんなに風鈴が嫌いなの?」
「いいか、風鈴って奴はだな、自分勝手で気分屋で自分の都合しか考えない文化的荒廃物なんだよ。寝る時間も飯時も俺達の都合なんてちっとも気にしてくれねえ。よく考えてみろよ、今はもう2000年を越えて少子化問題に直面し<老害>が蔓延る社会になりつつあるんだぞ。 その中で俺達は何の目的のために生まれて暮らしていかなければならないかと知る力さえも失いながらもうすぐ社会人にならなければならないんだ。 女と共働きじゃねーと暮らしていけないような経済状況でどんな未来が待っているっていうんだ? 2DKだかツーバイフォーだかわからんがそんな<記号的空間>に押し込められて毎月の給料明細とにらめっこしながら一生を終らせてしまうんだよ。 そこにもし風鈴なんかがあって、“風流だなぁ”なんてのんきなこと言ってみろよ、俺達は社会の犠牲者であるってことを忘れて盲目に自分の存在価値を忘れていってしまうんだ。 いいか、お前は今まさにそれを象徴しているんだよ!」
「…って、僕はどうしたらいいんだい? 僕は風鈴なんかになったせいでさっきから頭が痛いんだ。」
「俺に言われてもそんなことは知らんね。 それに風鈴は風が吹けば鳴るものだ、俺は風まかせに生きる奴が嫌いなだけだ。」


彼の矛盾点はいくらでも指摘することはできる。はたして僕は<記号的空間>における文化的荒廃物の象徴となってしまっているのだろうか? そもそも、何故僕が風鈴になってしまったという事実に驚くことなく、その理由を求めまた批判するのだろう?
僕は彼と対話することを止めた。これ以上彼と話していても何も答えが出てきそうにないからだ。


りりりん、りん、りりん。
風が吹いて僕の頭がまた鳴く。ステレオタイプな毎日だ。

彼はそのうち「僕」という存在に気づかないようになる。彼にとって僕が風鈴になろうがならまいが、彼の多忙なる未来においてはさしたる重要ではないようだ…何かの縁があってルームメイトになったにもかかわらず、だ。 彼が就職雑誌を読む、誰もいない電話に向かってペコペコ頭を下げる、へたくそな字で履歴書を書く、ネクタイを締めると細い方が太い方より長くなる、鏡の前ではピシっとポーズが決めるのにそれ以外は猫背になる、ブツブツと小言を言いながら絶望的に酒を煽る…彼の荒廃的な思想に嫌気の指していた僕はだんだん彼を同情の念で見守るようになり、風鈴になってしまったことで逆に “人間らしさ”を取り戻したような気がした。
何故なら<記号的空間>に閉じ込められている彼の人生をあざ笑うかのように僕は象徴的に存在しているからだ。


りりりん、りん、りりん。
僕は鳴くしかないが、案外わるくない。




Posted by ayanpa | 使い道のない雑文 |2005年08月24日 | Comments [0] | Trackbacks [0]



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