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発想法(1) 自分が好き!

<04>発想法 その1

自分が好き!

このコラムではおいらのデザインするときの発想のしかたを独断と偏見で紹介するがや。
人の考え方は千差万別だでこれが正解!というものじゃにゃーが、こんな考え方する人もおるんかーと読み流して、皆さんの独自の発想法を編み出すきっかけになれれば本望だなも。

「自分が好き!」というのは最も基本的で最も重要なことだとおいらは思うんだが、自分の生み出す作品というものは「自分らしさ」がにゃーとオリジナリティの欠けた無味乾燥な表現物になってしまうということ。
コピペサイトは問題外、良いデザインを参考にするならともかく、単にモノマネで終ってしまうような作品を見ると「自分に自信がないんだなぁ」とその製作者に魅力を感じなくなるんだがや。

お客さんに何かの商品を説明するときに、もちろん商品知識はある程度知っているに越したことはにゃーが、まずその商品を自分が好きでないと、自信が持てずに説得力にかけてまうでかん。
詐欺的商法なら、その商品が好きでなくても大事な部分をぼかして重要でない欠点と最大限のメリットを説明していけばお客さんを説得することができるが、ここではそれには触れにゃー。

おいらの基本的思考とは、作品・商品とは「自分自身」そのものだということだがね。
だからおいらが制作してて一番気にする部分は「らしさ」があるかどうか。受注なら、クライアントに渡った瞬間にそのクライアントらしさがあるかどうか。

クライアントやユーザーに気に入ってもらえるようにあれこれ試行錯誤はもちろんするんだが、おいらはまず先に「自分が欲しくなるか?」を考える。それを基本に自分の購買意欲をくすぐる言葉や色や配置をしていくのである。
自分のセンスに共感してくれる人がいるならば必ずその人の購買意欲をくすぐり買って行ってくれるはずだと思うからだがや。

もし、その商品が当って人気が出たとしたら、自分が認められたことと同じ感動をもらうことができるんだなも(お金と一緒に)。
そうなれば、自分の考え方が間違っていなかったという自信をつけることができるし、ますます自分が好きになる。そしてまた良い作品をつくっていくための糧となると思うんだがや。

「実際そんな風にはならない」と言う人もおるかもしれんが、嫌われるのが恐くてほどほどの作品を作る人よりは「嫌われるとしても自分の納得するものを作る!」という姿勢の人の方がええと思うんだがや。
嫌いなら嫌いでええんです。「無関心」になられるよりは…。

嫌いは好きの反対なのだぁ。
嫌いなら、好きに転ずることもあるが、無関心はどうしようもならにゃー。
「ほどほどの作品」とは「ほどほどの自分」ということになるから、そこから抜きん出ることはできにゃー。おいらは「ほどほどの自分」では満足できにゃーので、嫌われたり批判されたりするが、「さみしさは、叱ってくれる人もなし」という言葉もあるように感謝するようにしている。
たまにショックを受けて心が泥沼の中に沈んでしまような「ドロドロの自分」になってしまうような時もあるが…。

よいものを作ろうと思うなら、まず自分を好きになろう!
そうすれば自分の作り出す物事の結果もきっと好きになれるはずだなも!

では、バイちゃ!written by あやんぱ


Post Script :
小さい頃、好きな女の子に気を向けさせたくて、でもどうやってとっかかりを作ればいいかわからなくて、わざとからかったり、いじめたり、あれこれちょっかい掛けていたような気がする。
その結果、とうとうその女の子は泣き出しておいらはその場から逃げたんだが、その子の友達集団が十数人やってきておいらを取り囲み「あんた何やってんのよ~(怒)!ちゃんと謝りなさいよ~!」と責められた。おいらはそのまま「ロズウェル事件」の宇宙人のように連行され、その女の子に半泣き状態で謝ったのであった…。
いやぁ、恐かったし恥ずかしかった…。
女集団に囲まれるって本当に恐いですね。
その後、しばらく女性恐怖症になったのは言うまでもない…。



Posted by ayanpa | 発想編 |2005年08月25日 | Comments [0] | Trackbacks [0]



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