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発想法(2) 「見る」と「観る」

<05>発想法 その2

「見る」と「観る」

ずっと前「でら偏見その2雑誌を読もう」で、自分の気に入ったものには必ず「アイデア」が存在することを書いたんだが、その「違う目」というものはどういう目のことなのかを書いていこうと思うがや。

「みる」という読みに相当する漢字は結構ある。言葉上でも、「みつめる・みはる・みぬく・みすえる…」など目で何かの対象物を認識する方法もかなりある。
おいら達はたとえ同じものを見たとしても、人によって見方が変ってまって、まったく同じこととして認識するどうかはわからにゃーということだがね。

世の中のものを統一した常識として認識させることはできにゃー。
だから色々な国・宗教・人種・文化・時代、そしてデザインがある。
世界のみんなが統一した考えをもたにゃー限り、表現方法の枯渇はありえにゃーということだがや。
でも実際は、マイノリティ(少数派)の表現がマジョリティ(多数派)の思考をまとめて、表現は淘汰されているのが現状だなも。
人それぞれの表現を資本主義化させてはいかん!
デザインは、宗教や国家とは違うと思うからだがや。一部の女子高生のように、「みんな同じ」で没個性になり流行に躍らされては…。


…と話がまたまたずれてしまったようだが、そう「見ると観る」だがや。
おいらはネタに詰まったときよく散歩してたなも。緑のある公園、石を投げて遊べる川の堤防など、普段行っても面白くにゃーのだが、頭が混乱しててリセットキーを押したくなったときにいくと、これがまた毎回毎回見えるものが違い、「自分もこのままじゃない」と気付かせてくれるし、ヒントもくれる。
ベンチに寝転がって木漏れ日や雲を見ても、川辺の土手に座ってで水面を見ていても、本当に様々な表情が変化していくのがわかる。


おいらの「見る」とは、漠然と対象物全体を「見る」ということであって、「観る」とは「同じに見えて、しかももとの水にあらず」と誰か言っていたように、どんな物事も見方や角度やタイミングによって新しい発見があるということだと思うんだがや。
だからアイデアを練るときにこそ、お気に入りの雑誌やチラシなどを読んで(観て)欲しいと思うんだがね。色から形態、配置、線一本にいたるまで無数のアイデアが発見できるはず。
あとはそれを自分の表現に還元してくんだなも。

ここで注意してもらいたいのが「決して同じにしてはいけにゃー」ということだなも。
せっかく得たことが「模作」で終ると、それを超えることができにゃーからだがや。
モノマネで終りたくにゃーなら「アイデアのバイキング」しに色々なものを見て、自分という皿にパーツや要素として部分的に盛り付けてみることだがや。

バイキングは食べきれにゃーほど皿に盛り付けて食べ残してまったり、逆に足らなかったり、
冷めててまずかったり、盛り付けたはいいが席が無いとか、慣れにゃーとなかなか良い盛り付け方ができにゃーと思うが、いつかはうまくできるようになるがや。
そうなれば自分のオリジナル!と胸を張ってええと思うんだがや。
だから、いかにおいしいアイデアをいち早く皿に盛り付けられるかは、その時「観る」目を開いておけるか?が肝心だと思うなも。
是非、普段「見て」いるものを「観て」みよう!


では、バイちゃ!

written by あやんぱ

Post Script :
ホテルの仕事をしてる友達がおるんだが、彼曰く「朝食バイキングで金持ちか貧乏人かよくわかる」らしい。
金持ちで余裕のある人はプレートに盛り付けるバランスがとても良く、食べ残しがほとんどないらしい。もう一度取りにくるということもないしナプキンやフォークなどがぐしゃぐしゃになっていることもない。しかもたまにチップが置いてある時もあるらしい(落としていったんじゃないか?)。
貧乏人はそのまったく逆ということらしい。
えっ!! おいらのことですか!!?…(汗)




Posted by ayanpa | 発想編 |2005年08月25日 | Comments [0] | Trackbacks [0]



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