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でら偏見(7) 尊敬する人

僕はホンダ哲学が好きだ。
もしこれが宗教であったならきっと入信していただろうと思うくらいです。
僕の尊敬する人物は、静岡県天竜川付近で生まれた技術者で、自動車修理の丁稚から身を興し技術一筋で、藤沢武夫氏とともにホンダ技研を創業者した「本田宗一郎」氏その人です。

氏の著書をいくつか読んで、僕は何度も励まされたり、たきつけられたり、自分を見つめなおしたりしながら、「夢」を持つ大切さを学びました。
自分の心が弱くへし折れそうになる時は、いつも氏の本を読むと「大丈夫、夢を見失わないかぎりうまくやっていける」と思い直すことができました。僕にとっては一種のバイブルです。

何故、氏の話を持ってきたかというと、僕の人生哲学だけでなく、この僕のデザインコラムに対しても氏の多大なる影響があるからです。僕の個人的解釈で氏の本旨をうまく理解できていないかもしれませんが、それはそれ、僕のオリジナルの哲学を形成していくことが重要だと思うのでそこは開き直ります。


氏の著書の一つ、『『私の手が語る―思想・技術・生き方』』からデザインに関して僕がこれは大切なことだと思う一文をあげてみました。


『私の手が語る―思想・技術・生き方』
(本田宗一郎著/ 本田さち序/グラフ社)

本田技研を世界のホンダに築きあげた、戦後の代表的経営者本田宗一郎が自ら綴った生き方の書。夫人が若き日の思い出や秘話を語った序文を加えた、1982年講談社刊の再刊。

●「やってみもせんで、ダメと言うな」
一見無理なものがああやってだめならこうやってみろというねばりの前に、可能性を持ち始めてくるのである。


●「人を動かす前提は、他人に好かれるということである」
格好よくなりたいと思うことも必要で「だからこうしてやろう」という意志が大切である。


●「デザインは過去にとらわれることなく、今自分にとって最もすばらしく感じられる形や色をどうしてつかみ出すかが問題」 
流行に乗らず、流行を創る側の人間は自分のセンスを信じ、現代社会でより現代人らしく生きることが必要。それには自分が他の誰よりも自分に忠実に生きてきたという自信を持つことだ。


●「あなたが心の中で何が何だかわからずに、もやもやとした形で欲しがっていたものは、これじゃありませんか?」 
実用の要素と造形の魅力を兼ね備えて安全性を満たしながら、多くの人に“欲しい”という気持ちを植え付けるのがデザインのすばらしい創造力である。


●「他人の真似をするのが大嫌い」 
真似をして楽をしたものは後に苦しむことになる。


●「一番危険なのは、ごまかしの体質である」 
目先の成績にこだわり独自の哲学に基づく創意を少しでも放棄するような考え方が生まれた時、転落と崩壊の道をたどりはじめるだろう。


●「自分の得意分野でつまずく人は、結局自分に裏切られている」 
原因は自分の力に対する<過信>である。 不得手なものならば、慎重に構えるので失敗は少ない。一人で生きているわけでもなく、誰しも得意・不得意な分野を持っているので、謙虚な姿勢で他人の意見に耳を傾ける姿勢が必要だ。


●「しっかりとした思想と哲学を持たないと必ず潰れる」
技術がどれだけ発展しても、人の心は根本的に変わらないものである。いつ、誰が、どこで受け止めても、なるほどと納得できる思想を持つか持たないか。歴史と民族と地理を超えて受け入れることのできる哲学を持った人が天下をとる。


●「勇ましいから勇気があるのではない」
不利な結果になっても自分が真実であり、妥当であると考えたことを認め、それに賛成すことが勇気だ。卑小で弱く、悪いほうへ傾倒しやすい人間であるからこそ、自分の生き方の中に目標や理想を持っていたほうがいい。


●「こちらが望んでいることを受け入れてもらうには、まず、相手の心を知ること」
相手の立場に自分を置き換えたものの見方・考え方をし、夫婦・親子・友人・客の相互関係をぎくしゃくさせないことだ。


●「心と心を通わせる手立て、それが私の哲学だ」 
哲学の先生ほど偏屈者で「ぶっている」人が多い。必要なのは学者になるということではなく、父親母親・経営者としての経営思想であり、難しい空想空論でなく実生活に役立つものである。相手の心理状態に応じて親切によびかける一言の言葉・態度が出来るように人の心の問題を知る哲学が必要。


●「正しいかどうか、面白いかどうか、価値があるのかどうか、私は知りたい」 
自分の知っていることは、あまりにも貧弱だということを感じている。腹の中で考えた何かを相手に投げかけることで、新しい興味・知識・考えなりが返ってくるかもしれない。


●「私の哲学は技術そのものより、思想が大切」 
思想を具現化するための手段として技術があり、また、よき技術のないところからは、よき思想も生まれ得ない。人間の幸福を技術によって具現化するという技術者の使命が私の哲学であり、誇りである。


●「私の知りたいのは未来だ」 
過去の蓄積が未来に役立つものでなければ、どんな知識をふりかざしてもただの過去のお荷物。知識を使って未来を開拓するということでないと知識は逆にその人の可能性を狭め現在・未来を毒する亡霊になる。教わった“知識”とともにやって・実行して知った“体験”が揃ってはじめて未来へ進む力となる。

…まだまだ感銘を受けたところはありますが興味のある人は本を読んでみてください。

僕は上記にある「哲学」「思想」などに「僕」「コンセプト」などと言葉を入れ替えては、自分はどうなのか、デザインとはどうなのかと自問自答していました。結局、これはデザインだけにとらわれず、何かを創造していくこと全般に対して言えていると思います。

僕はこれを下敷きに自分だけのオリジナル哲学を創造し、家庭にしろデザインにしろ仕事にしろ、いかに「心と心を繋ぐ」のか研究していきたいと思っています。



『私の手が語る―思想・技術・生き方』
(本田宗一郎著/ 本田さち序/グラフ社)

本田技研を世界のホンダに築きあげた、戦後の代表的経営者本田宗一郎が自ら綴った生き方の書。夫人が若き日の思い出や秘話を語った序文を加えた、1982年講談社刊の再刊。


Postscript:
宗教に入信させるための勧誘ではありませんのであしからず(笑)



Posted by ayanpa | でら偏見 |2005年08月24日 | Comments [0] | Trackbacks [0]



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