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でら偏見(9) デザイナーの条件

僕は便宜的に「元デザイナー」という言葉を自分に対し使っているのですが、
デザインの本家ヨーロッパの基準で言えば僕は単なるオペレーターに過ぎません。
絵が少しばかりうまかったり、パソコンソフトが使えたり、アート系学校を卒業したくらいで
デザイナーの称号は本来名乗ることはできないのです。

日本に歌舞伎や花道などの家元があるように、ある企業や伝統のある所で修行を積み、自他ともに認められるようになって初めてデザイナーの称号を得ることができるそうです。
もちろん初代で新しい流派みたいなものを創る人もいます。
しかし、20代30代でデザイナーを自負できるような人は少ないそうです。
以前、知らないイタリア人のおじいさんとパブで偶然会って、何気なく身の上話をしていたら、彼もデザイン系の仕事をしているらしく、「日本にはデザイナーがいっぱいいるんだね」と揶揄されました。

評論家と同じように、デザイナーという資格が定められているわけではないので、自由に名乗ってもよいのですが、僕は自分自身に対して使うのに躊躇してしまいます。
うまい・かっこ良いものを造形することばかりが取沙汰されてはいますが、実はそれは単なる手段であって、本物のデザイナーとなるためには不十分なのです。

本物のデザイナーに必要なことはまず 情報処理能力・構成力 です。
流行や政治・世界情勢・文化・宗教・哲学・風土・科学…など様々な分野に精通していること
情報を集積・分解・再構築し、相手の求めているもの・意図しているものを提示できること
人格者であり、その時代・情勢に合った正しい提案をすること

そして 発想力 です
10年・20年以上先の情勢を見通し提案できること
今までの常識・定説なども分解・再構築し、新しい価値観を生み出すこと
その価値を周囲に認識させ新たな常識に変えてしまう能力

…それらが出来て初めてデザイナーと名乗って良いそうです。

ヨーロッパの人にとって芸術は「産業」です。
天才レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロにしても宮廷や教会から発注があって作品を作り、名誉と報酬を得ていました。ルネッサンス期あたりから、哲学や文学・音楽・芸術は人の豊かさを象徴し、価値のあるものだと大切にされてきました。
新しい哲学・新しい価値観を当時の人達は貪り追い続け、その結果今の常識となっています。

今は「リ・デザイン(再構築デザイン)」の時代で、古くからあるデザインを今風に仕立て直す傾向にありますが、現代は何が正しくて何が間違っているのかわからないほど情報が飽和している状態です。
ですので、上記のデザイナーの条件を満たすためには長年の教養と経験の積み重ねはもちろん、不要な情報を削除する処理能力がことさら大切だということは言うまでもありません。

今僕が行っていることは依頼者の性格や傾向や好みを何とかメールの内容で察知し、「あなたの求めているものはこうじゃないですか?」と依頼者に回答を求めているだけで、「あなたにはこれがいいんです!」と提示することはできていません。
プロのデザイナーとしてやっていくにはこれでは不十分です。

今、僕がバナー作成屋としてできることは、依頼者の代弁者になることです。
依頼者のコンセプトやセンスを僕が技術を使って表現し、もし良いものができたとしたら、それは僕がすごいんじゃなくて依頼者がすごいんです。
僕はいつも「作ったけど依頼者は本当に納得してくれているのかなあ?」と心配してしまうので、メールのやりとりで「ここをこうこうこうしてほしい」とはっきり言ってくれると本当にありがたいです。
僕は新しいアイデアをどんどん創り出していくデザインの第一線にはいません。
これがプロと呼ばれる人達との差です。

前にも書きましたが、今僕は「人生のデザイナー」となるべく努力していますが、僕の望む到達点はまだまだ遠く及びません。でも、いつか新しい価値観を生み出せるくらいの力を持ち、みんなを納得させられる人間になりたいと思います。

written by ayanpa



Posted by ayanpa | でら偏見 |2005年08月24日 | Comments [0] | Trackbacks [0]



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