ayanpaci_50.gif

短編 「きゅうり」

ある真夏日の昼中、コウモリはとても素敵な帽子をかぶって道路の真ん中に“立っていた”。
いぶかしそうな表情で太陽を帽子ごしに睨み付けて、まるで機械の体を手に入れてアンドロメダに復讐を目論む999の鉄郎のようにかたくなな姿勢だった。
そのコウモリの手には「わが闘争」と題された本を持っていた。
僕はコウモリが本を読むなんて知らなかったのでたいそう驚いた。

何せ異常気象のせいなのか気温は50℃を超えていたので道ゆく人はコウモリを邪魔に思うし、あわや首に食いつかれて血を吸われたら貧血どころの騒ぎじゃない。みんな熱中症や貧血で死ぬなんてまっぴらごめんだ。そんなわけだからコウモリは真上から見ると絵本のスイミーのように人の群れで象られた魚の目のような存在になっていた…孤立した形で…。

コウモリはだんだんとうつろになっていき金色夜叉のように太陽に蹴られ倒れた。
だいたいにおいてこんな異常気象の日にコウモリが「わが闘争」と題された本を持っている事自体が非常識なのだ。だから倒れても無理はない。
「大丈夫ですか?」 死んだ魚の目のようなコウモリはうつろな声で「…血…」と訴えた。
「すみません、僕はあいにくあなたにあげる血は持ち合わせておりません。僕は処女でもないし先日アルコール肝炎で血が“献血に使えない“と宣告されてしまったのです。僕は普段はお酒を一適も飲まないのに何故ですか?とお医者さんに尋ねたら”頻度ではなく、その都度の量の問題で、君の肝臓はおちょこ一杯で許容量を超えるから酒を飲むな“と言われて…社会との付き合い上どうしても飲まないといけない場合があるのに…それで僕はひどく落ち込んでいるのです。あ、そんな訳で僕の血は提供できませんが代わりにトマトジュースはいかがですか。」
僕がさっき何気なく買ったトマトジュースを指し出したが、コウモリは受け取ろうともせず、うつろだった。

「コウモリがトマトジュースを飲むなんて思うかね。 色こそそれなりのものだが、あれは血の代用になんかなりゃせんよ。人間はそれ“らしい”もので代用がきくなんて思い込むから“本物”の価値も実用性も知ることなくごまかしの人生を歩いていってしまうんだ。わしはメロンの代わりにバナナにマヨネーズをかけて食べるような人生はごめんだね。」
と、いきなり背後から老人が声をかけてきた。
その老人の目は細くおでこの皺と同化している。頭はつるっぱげだが眉毛はとても立派にのびて眉間で左右が繋がっている。白ひげが仙人のように口を覆い隠して、逆光だったからかもしれないが細身でも威厳がある風体だ。僕は“逆さ絵”にしたらきっと素敵なロックシンガーの顔になりそうだなと思いながら「バナナにマヨネーズをかけるとメロンの味になるんですか?」と聞いてみた。
「馬鹿言っちゃいかん、なるはずがないだろう。 わしはそれ“らしい”ものの例えを言ったまでだ。 だからあんたは“本物”の価値も実用性も知ることができんのじゃ。」
「では僕はいったいどうしたらいいんでしょう?」
「“本質”を見抜くんじゃな。例えば金持ちを想像してみるがいい、あんたは金持ちを“いっぱいお金を稼ぐ人”だと思い込んどりゃせんか?」
「はい、稼がなきゃお金は貯まりませんからお金持ちにはなれないと思います。」
「では、いくら稼げば、いくら持っていれば金持ちかな?」
「…1億円くらいですかね?」
「ほれ、それが“本質”から離れてしまっとるんじゃ。 あんたは10億円持とうが100億円持とうが1000億円持っている人から見れば一生“貧乏人“になんじゃ。」
「そんなにいらないし上を言ったらきりがないじゃないですか。」
「その通りじゃ、お金持ちの価値は量ではなく質だ。 “お金を持っている”というのではなくて、“お金の使い方を知っている”というのが金持ちなんじゃ。 貧乏人は1000円のシャツを数回でダメにするが金持ちは1万円のシャツを数年大事に使う。」
「僕はバーゲンで一万円が1000円になっているシャツを数年使うんですが…。」 そんなシャツは人気がなかったからだと言われそうだけど、実際のところどんなシャツでも素材がしっかりしていれば十分満足だった。 
「だから例えじゃっちゅーとるに。“エコノミック”でも“エコロジック”でもないお金の使い方は金持ちの本質ではないと言いたいんじゃ。あんたが今の状態で満足ならばあんたは今金持ちということじゃ。」

コウモリは動悸が激しくなり益々うつろになってきた。
「おじいさんのおっしゃりたいことはわかりますが、今はコウモリさんの血を何とかしなきゃならないんです。 どうか何ならいいか教えてください。」
「…“きゅうり“だな」
「…“きゅうり“ですか…?」
「そうだ。“きゅうり“こそが血の代用になるんじゃ。」
「トマトはダメで、きゅうりはいいんですか?」
「“本質”を知ればおのずとそうなる。 それを知るには“コウモリは何故血を欲しがるか?”を検証する必要がある。」
「教えてください、その理由を。」 僕は好奇心旺盛な年頃なのだ。
「うむ。 まず、コウモリにコップに本物の血を入れて与えたとしておいしそうに飲む姿を想像できるかね?」
「いいえ、動物か人間の首筋に噛みついている姿を想像します。」
「うむそうだろう、よってトマトジュースでは血の代用にはならないと理解したかね。」
「…、はい…。」 僕はトマトジュースはもういい、“きゅうり“についてのことが知りたいのだ。
「ということはコウモリの“本質“は “噛みつく”という行為にあり、“血を吸う”行為は二次的なものであると言ってよい。 だから代用にするなら“噛みつく”ものをあてがうのが正解なんじゃ。」
「でも、なぜその代用が“きゅうり”になるんですか?」
「うむ、“噛みつく”だけの行為なら何でもよい。木でも牛肉でもまくらでも。しかし相手はコウモリだ。 “本物”の価値も実用性をも備えた代用品じゃないといかん。」
「わかりません、どうしてそれが“きゅうり”になるのか」
「わからんやっちゃな、実際に実質的にわしは何度もコウモリに血を吸われてて何がやつらの好物なのかがわかる。 そしてわしはもう血を吸われたくないと思い、ある日スーパーをぶらぶらしていたらその“代用品”を見つけたのだ。 それが“きゅうり”だ。 それ以来わしはコウモリに噛まれそうになると“きゅうり”をあてがうことで噛まれず平穏無事に暮らしているっちゅうこっちゃ。」
「にわかに信じられませんね。 おじいさんが処女でもないのによく噛まれるなんて。それにまだ“きゅうり”である必要性がわかりません。」
「あんたはドラキュラとコウモリを同じだと勘違いしておるようだが、まあバージニティは信仰しておる。“きゅうり“については百聞は一見にしかずだ、わしの首を見たまえ、その理由がわかる。」
“逆さ絵ロックンローラー”の顔の横側にまわり込み見てみると、確かに老人の首筋は“きゅうり”のような筋が入っていて、いくつもの“噛まれ痕”が存在していた。
「あともうひとつ“きゅうり”の理由を言うならば、“河童”がなぜ“きゅうり”が好きかを知ればわかる。  きゅうりは“人間の味に最も近い”らしいのだ。 だから先人達は子供や牛を川に引きずり込まれないように“代用品”として“きゅうり”をお供えしたそうだ。」
僕は“きゅうり”がどんな味だったか歯の裏側を舌でなぞって思い出してみた。 ああ、キンキンに冷えた“きゅうり“をまるごと”さつきとメイ“のようにとかぶりつきたい。 僕の口の中で<カキュリッ、ポリッ>と音が弾けた。

そんな会話をしているうちにコウモリは末期的なキノコのようになってきた。これではマリオも大きくなれない。
「おじいさん、早く“きゅうり”をあげないと。」
「では、“きゅうり“が代用になるということを信じるのかね?」
「はい、“実際に実質的に”コウモリに血を吸われたことのある人がそう言うんだから試して損はないと思います。」
「…まあよい、その信憑性についてはあんたが実際に実質的に検証してみればよい、ほら一本与えてみなさい。」
僕はおじいさんが血を吸われないように携帯していたきゅうりを一本受け取った。
それにしてもその“きゅうり”はとても立派で今にも弾けそうなほど身が詰まってて、かじったらおいしそうな音を出すのが容易に想像できた。 どうしてきゅうりは人がかじっている音を聞くだけでも“おいしい“と感じることができるのだろう?
「ほら“きゅうり“だよ。瑞々しくって新鮮、冷たくて人間の味がする特級品だよ」
僕はコウモリの口に“きゅうり“をあてがったけど、コウモリは噛みつく元気もなく目を閉じた。
コウモリはそのまま死んでしまったのだ。
僕はびっくりしておじいさんの方へ目をやったが、そのときにはもう姿がなかった。僕は軽い混乱に遭い“きゅうり“を手にしたまま真夏日の道路の真ん中に立っていた。
どうしていいかわからなかったけど頭がぼうっとしてきたので、とりあえずコウモリの帽子をかぶり、いぶかしそうな表情で太陽を睨み付けると、僕はとても辛い気持ちになった。
何故なら、今では“きゅうり“が血の代用になるのかどうか証明することができなくなってしまって、未だに“本質”を知りえないからだ。
ああ、いったい僕は“どこにいる”というのだろう。

僕は「わが闘争」を読みながら“きゅうり“をまるかじりしたくなった。



Posted by ayanpa | 使い道のない雑文 |2005年08月24日 | Comments [0] | Trackbacks [0]



トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://ayanpa.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/20

コメント


使い道のない雑文

当サイトの内容・構成・デザイン・画像の無断転載、複製(コピー)は一切禁止です。
Copy right (C) Since 2004/8/1 ayanpaのデザインうんちく All Right Reserved.