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時限装置付きの地雷

僕はいったい何に恐がっているのだろう?
吐き気を催す激しい動悸、何かが胸から吐き出てくるような圧迫感。
悲しい?苦しい?わけのわからない漠然とした…でもとても濃厚な不安感。

ある日突然そんな状態になり、激しく感情が乱される。
僕は精神病なのだろうか?
激しく泣きたい。 でも、僕には泣くための大義名分が見つからない。
泣けば自分が惨めになり、泣かなければずっとそのままの状態だ。
地獄…。

僕はまわりに解ってもらえるだけの不安の理由を説明することができない。
だから、誰にも言わずずっと我慢している。
だから、こうして書いている。
残すために書くのではなくて、僕にとっては“書く”ために書いていることが重要なのだ。
何かを表現することによって少しでも紛らわすことができれば…
客観的に自分をしることができればそれに越したことはないからだ。

“僕は何も持たずに生まれてきた”

OK、そこまでは大丈夫だ。
僕は得ることはあっても失うものなど命以外には無いんだ。

でも僕は、“別の何かを失うことを恐れ続けている”

家族かもしれない、健康かもしれない、もしかしたら、ポケットの中の10円玉のことかもしれない。
失うものなど元々ないのに、どうしてこんなにも失うことを恐れてしまうんだろう?

大きく、大きく、深呼吸をしてみる。
少し孤独が和らぐ。
もうこれ以上傷付きたくない。
あと何度こんな気持ちを味わい続けなければならないのだろう?

僕は何気なくポケットの中から10円玉を取り出して眺めていた。
ふと思う、“どうしてどんなものにも表と裏があるのだろう?”と。

ああ、僕は“何かを失うこと”を恐れているわけじゃなくて、“何かを得ること”を恐れているんだ。
得れば得るほど、失うものが大きくなる。
でも、何かを得ないわけにはいかない。

何故?…それは生きているからだ。
僕は生まれた瞬間から命を失うことを恐れている…正しく言えば命を得たことに恐れているんだ。
時限装置付きの地雷原に放り出されたような気分なんだ。
動けばいつかは踏んでしまう、動かなくてもすぐその地雷は爆発してしまうんだ。

まったく、生きていることは楽じゃない。
でも、それでもみんな生きている…死にたくないから?…いや違う、何か他にちゃんとした理由がそこに隠されているはずなんだ…それが何かを探すために生きているんだ。

何かを失い続けるということは、何かを得続けるということなんだ。
死ぬということは、生きるということなんだ。
僕は明らかに“死”と呼ばれる世界で“死んで”この“生”と呼ばれる世界に生きている。
ということは、死んでもどこかの世界で生きないといけないのだ。

生きること?死ぬこと? 
それにいったいなんの意味があるというのだろう?

どんな状態の自分であれ、どこの世界であれ、
僕はどこかに“存在”し続けなければいけないのだ。

いったい、僕はどこの地雷原に今いるというのだろう?



Posted by ayanpa | 使い道のない雑文 |2005年10月28日 | Comments [0] | Trackbacks [0]



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