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でら偏見(12) カタルシス ~開放、浄化~

『何故私が作曲し続けるのか…、
それは私の中にあるものは外に出さなければならないからだ』

(BY ルードウィヒ・ベートーヴェン)

人は何かを表現せずにはいられない存在です。
心に存在する “内なるもの”は外へ出していかないといけません。
何故なら“それ”は放っておくとどんどん膨張し続け、心という器の容量を超えいつかは破裂してしまうからです。

水道ホースを思い浮かべてください。
水は抑圧されればされるほど勢いよく飛び出ますが、出口を完全に閉じてしまうと蛇口付近で破裂します。
僕達の思考・感情などは水のようなもので、「社会」という畑に常に潤いを与える役目をしています。そして生きている以上その蛇口は完全に締められることはないので、常に出っぱなしの状態です。

その“内なるもの“が外に出すことが出来なくなるとどうなるか? …それは”心の破裂”です。
神経マヒ・自律神経失調症・うつなど、現代は様々な社会病に悩まされています。
それをうまく外に出せずモンモンとしてしまうと心が腐り、虐待・DV・殺人などの事件という表現となってしまうのだと思います。

そこで、大切なことは何か?…それが“カタルシス”…“心の浄化”というものです。
自己の内なるものは外に出してカタルシスさせなければなりません。
何かを表現するということは、つまりカタルシスを行っているということなのです。
何も文芸・絵画や音楽などの芸術だけを指すものではありません。歌ったり踊ったり笑ったり怒ったり…自己の感情を素直に表現していけばいいのです。

だから、カラオケでマイクが離せなくなるのはある意味良いことです。
自分の内側にあるものをストレートに出せない人はカラオケという表現媒体によってカタルシスしているからです。
悲しい事、楽しい事、いらつく事、うれしい事…人は何らかの形で外に向かって表現することによって初めて生きている実感を得ます。

僕にとってデザインとはカタルシスになる表現手段です。
手紙を書くのが好きな人、体を鍛えるのが好きな人、外に出かけるのがとにかく好きな人…人には色々な好きなことがあり、その表現方法も様々です。
今の社会では言いたいこともやりたいことも抑制されてストレスを溜め込みやすく精神的に潰されかねない危険性をはらんでいます。

しかし、抑制されるからこそ“内なるもの”の圧力を高め、勢いよく“表現”しカタルシスしていくことができるのではないでしょうか?
どうか自分の好きなこと・やりたいことを自由に表現する気持ちを持って、恥かしがらずに思いきってやる機会を得てください。
きっとすばらしい自分に出会えるはずだと思います。

Written by ayanpa




Posted by ayanpa | でら偏見 |2005年12月09日 | Comments [0] | Trackbacks [0]



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