2005年08月21日
でら偏見(9) デザイナーの条件
僕は便宜的に「元デザイナー」という言葉を自分に対し使っているのですが、
デザインの本家ヨーロッパの基準で言えば僕は単なるオペレーターに過ぎません。
絵が少しばかりうまかったり、パソコンソフトが使えたり、アート系学校を卒業したくらいで
デザイナーの称号は本来名乗ることはできないのです。
日本に歌舞伎や花道などの家元があるように、ある企業や伝統のある所で修行を積み、自他ともに認められるようになって初めてデザイナーの称号を得ることができるそうです。
もちろん初代で新しい流派みたいなものを創る人もいます。
しかし、20代30代でデザイナーを自負できるような人は少ないそうです。
以前、知らないイタリア人のおじいさんとパブで偶然会って、何気なく身の上話をしていたら、彼もデザイン系の仕事をしているらしく、「日本にはデザイナーがいっぱいいるんだね」と揶揄されました。
評論家と同じように、デザイナーという資格が定められているわけではないので、自由に名乗ってもよいのですが、僕は自分自身に対して使うのに躊躇してしまいます。
うまい・かっこ良いものを造形することばかりが取沙汰されてはいますが、実はそれは単なる手段であって、本物のデザイナーとなるためには不十分なのです。
本物のデザイナーに必要なことはまず 情報処理能力・構成力 です。
流行や政治・世界情勢・文化・宗教・哲学・風土・科学…など様々な分野に精通していること
情報を集積・分解・再構築し、相手の求めているもの・意図しているものを提示できること
人格者であり、その時代・情勢に合った正しい提案をすること
そして 発想力 です
10年・20年以上先の情勢を見通し提案できること
今までの常識・定説なども分解・再構築し、新しい価値観を生み出すこと
その価値を周囲に認識させ新たな常識に変えてしまう能力
…それらが出来て初めてデザイナーと名乗って良いそうです。
ヨーロッパの人にとって芸術は「産業」です。
天才レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロにしても宮廷や教会から発注があって作品を作り、名誉と報酬を得ていました。ルネッサンス期あたりから、哲学や文学・音楽・芸術は人の豊かさを象徴し、価値のあるものだと大切にされてきました。
新しい哲学・新しい価値観を当時の人達は貪り追い続け、その結果今の常識となっています。
今は「リ・デザイン(再構築デザイン)」の時代で、古くからあるデザインを今風に仕立て直す傾向にありますが、現代は何が正しくて何が間違っているのかわからないほど情報が飽和している状態です。
ですので、上記のデザイナーの条件を満たすためには長年の教養と経験の積み重ねはもちろん、不要な情報を削除する処理能力がことさら大切だということは言うまでもありません。
今僕が行っていることは依頼者の性格や傾向や好みを何とかメールの内容で察知し、「あなたの求めているものはこうじゃないですか?」と依頼者に回答を求めているだけで、「あなたにはこれがいいんです!」と提示することはできていません。
プロのデザイナーとしてやっていくにはこれでは不十分です。
今、僕がバナー作成屋としてできることは、依頼者の代弁者になることです。
依頼者のコンセプトやセンスを僕が技術を使って表現し、もし良いものができたとしたら、それは僕がすごいんじゃなくて依頼者がすごいんです。
僕はいつも「作ったけど依頼者は本当に納得してくれているのかなあ?」と心配してしまうので、メールのやりとりで「ここをこうこうこうしてほしい」とはっきり言ってくれると本当にありがたいです。
僕は新しいアイデアをどんどん創り出していくデザインの第一線にはいません。
これがプロと呼ばれる人達との差です。
前にも書きましたが、今僕は「人生のデザイナー」となるべく努力していますが、僕の望む到達点はまだまだ遠く及びません。でも、いつか新しい価値観を生み出せるくらいの力を持ち、みんなを納得させられる人間になりたいと思います。
written by ayanpa
投稿者 ayanpa : 21:36 | コメント (0) | トラックバック
でら偏見(8) 幸福への才能
「何で僕は生きているんだろう?」
僕はずっとそんなことを考えて生きてきたせいか、何かをデザインするにしても「何故そうなのだろう?」と思う癖があります。
「私は一生のうちで、自分ほど幸福への才能に恵まれた人間に会ったことはないし、また私ほど頑強にしゃにむに幸福に向かって突進していった人間を知らない」
(シモーヌ・ド・ボーヴォワール)
この女性解放を説いた女性作家の一節、「幸福への才能」っていったい何だろう?
僕の今の解釈は、「自分を認め許して生きれば、生きる意味を知る」ということ。
精一杯何かに打ち込んだり、愛したり、自分に「これが幸せ」という基準をはっきりと定めること…僕はこのことを「コンセプト」という言葉に変え自分に言い聞かせています。
僕は以前、現状が嫌でたまらなくなり、海外へ逃げ出しました。
でも、解放されたはずの色々な問題が却って浮き彫りになって「環境や他人が僕を苦しめていたんじゃなくて、僕自身が僕を苦しめていたんだ」ということを思い知らされたのです。失恋するのが恐くて恋愛できないような感覚で、「何をやってもうまくいかない」と自分を呪い、自分より優位にいる人・邪魔な人・嫌いな人には消えてほしいと過剰に意識して妬む…他人だけでなく、自分自身に妬んでいたと気付いたときには思わず鼻をつまんでしまいました。
自分の抱える劣等感や失望感、人と接する煩わしさ、将来の不安…今の世の中に僕なんか必要ない、楽になりたい…うまくやってる人を妬んでも自分の成長はまったくないし、あの世に逃げたら、この世の人達にも苦しみを撒き散らす結果になり誰も報われない。仕事が嫌で転職する、パートナーが嫌で別れる、近所の人間が嫌いだから引越しする、いやがらせをする…自分を心地よい状況へ変えよう変えようとして起こした行動が、解決でなく「嫌だから」の動機である場合、間違いなく同じ問題のくり返しで自分に返ってくる。何故なら、自分自身から逃れることはできないから。彼女が欲しい、お金持ちになりたい、尊敬されたい…自分の望みを突詰めていくと、最後に残ったものは、「生きる実感が欲しい」でした。
「自己とは、自分にとって最良の友人である」 (アリストテレス)
誰かに裏切られたり、状況が悪くなったりしたとしても、真実である「自分」がそこにいれば、他の全てを失ったとしても幸せ…。ならば、僕にひっついてくる問題に、逃げずに対処することが、自分を心地よい状況へ変えるということじゃないだろうか?と次第に考えるようになったんです。
それは決してナルシズムや利己主義ではなく、実存主義的なもので、どんな自分でも「吾唯足知(ワレ・タダ・タルヲ・シル)<私は満ち足りている>」で、現状を受け入れ、失われたことをよりもそこから出来ることを考えることが大切だと考えています。
もちろん、簡単に問題を解決することなんてできません。
大切なのは解決するという意志…それが僕の中で何故生きるか?という問いにも同じことが言えると妙に思ったんです。何故生きるのか、何故健康でいたいのか、何故お金持ちになりたいのか、何故幸せになりたいのか、人間いつかは死ぬのに何故?
「僕の前に道はない。僕の後ろに道は出来る。」 (高村光太郎)
そう、存在するということは「意志」があるからだと思うのです。
それがプラトン哲学の「イデア(事物が存在している根拠)」と繋がります。
パンドラの箱が開かれたことで、パンドラの犯した最大の罪は、最後に「希望」を箱から出してしまったことだ。何故なら人は希望を持つから絶望するのだ…と何かの本で読みましたが、それは違うと思うのです。
希望も絶望も同じ時空軸に同時に存在しなければこの世は成立しないと思うからです。以前のコラムでも書いたように、病気があるから健康を願い努力できるのと同様、人はいつか死ぬからこそ希望を持って生きていけるはずだと思うのです。
それから「僕がコンセプト(どうなりたいかという意志)を持ちさえすれば、世の中はずっと楽しくなる」と思うようになり、自分の未来予想図を作り運命を自ら決定し、コンセプトにそぐわない内外の雑音は出来るだけ削除することで、嫌なことや誘惑があっても動揺することや迷うことは少なくなりました(もちろんまだまだありますが…)。
「幸福への才能」=「意志」=「コンセプト」=…と色々な言葉に変わります。
「コンセプト」があれば仕事でクレームがあっても「よし、どう解決してやろう?」と思えれば自分も周りも雰囲気がよくなったりします。夫婦生活においても結婚するまでまったく違う環境で育ってきたので、二人の性格が一致するはずがありません。ですから「よし、将来こうなろう!」と二人で目標(コンセプト)を一致させておくだけでケンカしたりして二人の距離が離れたとしても、互いにそれを忘れない限りまたいつかまた繋がっていくのではないでしょうか?
漢字でも「辛い(つらい)」という文字に「一」を足すと「幸せ」になります。
だから、辛い状態を取り払うことが幸せではなくて、それに一つ何かを足すことが幸せです。
その「一」とは何か? それが「コンセプト」。
…言葉だけで言うにはとても簡単な事ですが、これが真実だと思います。逆に言えば、辛いことが起こるということは、幸せになるチャンスですよ!と誰かが教えてくれているようなものです。
また、料理でも塩やコショウをかけすぎると「辛(から)く」なります。
不思議ですね。料理も人生も辛味を抜くには何かを足せばいいのですから…。
そう思えれば、これから起こるかもしれない辛い事が不思議と恐くなくなります。
そんな感じでむにゃむにゃ考えて日々を暮らしています。
人は褒められたり認められることで幸福感を味わうことのできる生き物だと考えています。
だからまず、自分で自分自身が足る存在だと認めてみよう。
そのために僕にとってデザインは問題を解決するための最も有効的な手段なのです。
でも、「塞翁が馬」それは一過性の「状態」なのであって、常に幸福だということは難しい。
だからこそ「コンセプト=幸福への才能」が必要だと思ったんです。
これからも本業にせよ、このコラムにせよ、私生活にせよ、
「どんな問題も解決してみせる」という意志を持って人に与える努力をしていきたい。
それが僕の「幸福への才能」を磨き「幸福のライセンス」を得ることなんだろうと思います。
PostScript:
「失敗した過去を変える方法がある。それは未来に成功することだ」
written by ayanpa
でら偏見(7) 尊敬する人
僕はホンダ哲学が好きだ。
もしこれが宗教であったならきっと入信していただろうと思うくらいです。
僕の尊敬する人物は、静岡県天竜川付近で生まれた技術者で、自動車修理の丁稚から身を興し技術一筋で、藤沢武夫氏とともにホンダ技研を創業者した「本田宗一郎」氏その人です。
氏の著書をいくつか読んで、僕は何度も励まされたり、たきつけられたり、自分を見つめなおしたりしながら、「夢」を持つ大切さを学びました。
自分の心が弱くへし折れそうになる時は、いつも氏の本を読むと「大丈夫、夢を見失わないかぎりうまくやっていける」と思い直すことができました。僕にとっては一種のバイブルです。
何故、氏の話を持ってきたかというと、僕の人生哲学だけでなく、この僕のデザインコラムに対しても氏の多大なる影響があるからです。僕の個人的解釈で氏の本旨をうまく理解できていないかもしれませんが、それはそれ、僕のオリジナルの哲学を形成していくことが重要だと思うのでそこは開き直ります。
氏の著書の一つ、『『私の手が語る―思想・技術・生き方』』からデザインに関して僕がこれは大切なことだと思う一文をあげてみました。
| 『私の手が語る―思想・技術・生き方』 (本田宗一郎著/ 本田さち序/グラフ社) 本田技研を世界のホンダに築きあげた、戦後の代表的経営者本田宗一郎が自ら綴った生き方の書。夫人が若き日の思い出や秘話を語った序文を加えた、1982年講談社刊の再刊。 |
●「やってみもせんで、ダメと言うな」
一見無理なものがああやってだめならこうやってみろというねばりの前に、可能性を持ち始めてくるのである。
●「人を動かす前提は、他人に好かれるということである」
格好よくなりたいと思うことも必要で「だからこうしてやろう」という意志が大切である。
●「デザインは過去にとらわれることなく、今自分にとって最もすばらしく感じられる形や色をどうしてつかみ出すかが問題」
流行に乗らず、流行を創る側の人間は自分のセンスを信じ、現代社会でより現代人らしく生きることが必要。それには自分が他の誰よりも自分に忠実に生きてきたという自信を持つことだ。
●「あなたが心の中で何が何だかわからずに、もやもやとした形で欲しがっていたものは、これじゃありませんか?」
実用の要素と造形の魅力を兼ね備えて安全性を満たしながら、多くの人に“欲しい”という気持ちを植え付けるのがデザインのすばらしい創造力である。
●「他人の真似をするのが大嫌い」
真似をして楽をしたものは後に苦しむことになる。
●「一番危険なのは、ごまかしの体質である」
目先の成績にこだわり独自の哲学に基づく創意を少しでも放棄するような考え方が生まれた時、転落と崩壊の道をたどりはじめるだろう。
●「自分の得意分野でつまずく人は、結局自分に裏切られている」
原因は自分の力に対する<過信>である。 不得手なものならば、慎重に構えるので失敗は少ない。一人で生きているわけでもなく、誰しも得意・不得意な分野を持っているので、謙虚な姿勢で他人の意見に耳を傾ける姿勢が必要だ。
●「しっかりとした思想と哲学を持たないと必ず潰れる」
技術がどれだけ発展しても、人の心は根本的に変わらないものである。いつ、誰が、どこで受け止めても、なるほどと納得できる思想を持つか持たないか。歴史と民族と地理を超えて受け入れることのできる哲学を持った人が天下をとる。
●「勇ましいから勇気があるのではない」
不利な結果になっても自分が真実であり、妥当であると考えたことを認め、それに賛成すことが勇気だ。卑小で弱く、悪いほうへ傾倒しやすい人間であるからこそ、自分の生き方の中に目標や理想を持っていたほうがいい。
●「こちらが望んでいることを受け入れてもらうには、まず、相手の心を知ること」
相手の立場に自分を置き換えたものの見方・考え方をし、夫婦・親子・友人・客の相互関係をぎくしゃくさせないことだ。
●「心と心を通わせる手立て、それが私の哲学だ」
哲学の先生ほど偏屈者で「ぶっている」人が多い。必要なのは学者になるということではなく、父親母親・経営者としての経営思想であり、難しい空想空論でなく実生活に役立つものである。相手の心理状態に応じて親切によびかける一言の言葉・態度が出来るように人の心の問題を知る哲学が必要。
●「正しいかどうか、面白いかどうか、価値があるのかどうか、私は知りたい」
自分の知っていることは、あまりにも貧弱だということを感じている。腹の中で考えた何かを相手に投げかけることで、新しい興味・知識・考えなりが返ってくるかもしれない。
●「私の哲学は技術そのものより、思想が大切」
思想を具現化するための手段として技術があり、また、よき技術のないところからは、よき思想も生まれ得ない。人間の幸福を技術によって具現化するという技術者の使命が私の哲学であり、誇りである。
●「私の知りたいのは未来だ」
過去の蓄積が未来に役立つものでなければ、どんな知識をふりかざしてもただの過去のお荷物。知識を使って未来を開拓するということでないと知識は逆にその人の可能性を狭め現在・未来を毒する亡霊になる。教わった“知識”とともにやって・実行して知った“体験”が揃ってはじめて未来へ進む力となる。
…まだまだ感銘を受けたところはありますが興味のある人は本を読んでみてください。
僕は上記にある「哲学」「思想」などに「僕」「コンセプト」などと言葉を入れ替えては、自分はどうなのか、デザインとはどうなのかと自問自答していました。結局、これはデザインだけにとらわれず、何かを創造していくこと全般に対して言えていると思います。
僕はこれを下敷きに自分だけのオリジナル哲学を創造し、家庭にしろデザインにしろ仕事にしろ、いかに「心と心を繋ぐ」のか研究していきたいと思っています。
| 『私の手が語る―思想・技術・生き方』 (本田宗一郎著/ 本田さち序/グラフ社) 本田技研を世界のホンダに築きあげた、戦後の代表的経営者本田宗一郎が自ら綴った生き方の書。夫人が若き日の思い出や秘話を語った序文を加えた、1982年講談社刊の再刊。 |
Postscript:
宗教に入信させるための勧誘ではありませんのであしからず(笑)
でら偏見(6) 芸術と裸の王様
芸術と聞くとえらくたいそうな物の様に聞こえますが、実はごくごく身近に存在する要素なのです。死や戦争や病気、バナナの皮や石コロにだって芸術は存在します。何故、それが価値あるものとして存在するのかというと、芸術はいつでも時代や常識にとらわれない「生きる」ことをテーマとしていて、観る人に「感動」や「疑問」を与えることによって人生を豊にさせてくれるからだと思います。
言うなれば、芸術は自分自身に対しての価値をそれに見出しているのです。
でも現実問題、芸術というものがなくても日常の生活は営めるし、とりとめもない形や色使いのガラクタの様な絵に何故何億という値段がつくのかさっぱりわからない。風景画などのモダニズム(近代芸術)はまだ素直に見えるのですが、抽象画などのアヴァンギャルド(前衛芸術)は特にそのセンスは常人の認識レベルを逸脱しているものがあり、理解しようと思ってもできるはずもなく、みんな尻込みしてしまうか無視するのがほとんどでしょう。
ピカソやゴッホなどの絵を理解できる人は涙し、できない人はただのガラクタと思うでしょう。
ただ有名なので漠然と価値あるものなんだろうなと思うだけです。
人は誰でも芸術に対して、「裸の王様」なのです。
芸術家がバナナの皮を机に置いて「芸術作品です」と言われて、はたして理解できるでしょうか?
インテリぶって理解してる顔をしたって内心むなしいものです。
理解できないものは出来なくていいのです。僕にとっては、ピカソだろうがゴッホだろうが興味を惹かない限り、その作品はガラクタなのです。それはどうせ分からないんだからあきらめろとか言っているのではなく、なんの印象も持てない作品はその人にとって芸術とは言えないと思うからです。
そもそも芸術を「理解」するとはどういうことなのでしょうか?
僕の考え方を述べると、「潜在意識の内側を感じる行為」だということです。
芸術の奧深くには、汚らしさやいやらしさ、そして真実の美しさがあります。
「恐怖は無知から生じる」ので、見た事もないようなものには恐怖や不安を感じたりします。
どうみてもガラクタにしか見えない絵が頭の中にしこりのように印象に残って、「なんじゃこら?わけがわからない」と言いながらまじまじと見てしまう。それこそが芸術だと思うのです。そう、それは自分自身に対して行っていることと同じです。「知りたい…でもわからない」というものが芸術であり、また、自分自身ではないでしょうか?
自分の行った行為に感動したり、後悔したり、とにかく通常では考えられない結果の自分に考えたことはないでしょうか? それは己の内側に潜む自分が表に出ることに戸惑い、驚いて、「神のしわざ」のように思うのです。
自分の才能や可能性、容姿などに不安や疑問を持っても、それは環境や神様が自分をそうさせていて「わけがわからない」ものだから、占いや宗教などで “誰か“が自分の人生を決定し、導いてくれるだろうと外的なものに答えを求め、自分自身には見て見ぬふりをする。
「世の中の大抵のことは知ってる。知らないのは自分自身だけだ。」とどこかの哲学書に書いてあるように、外側には「博学」でも内側には「薄学」なのです。
「感性」とは色々なものを見たり感じて自分なりの情報処理を行う能力だと思いますが、では、自分自身についての情報の処理はちゃんと出来ているでしょうか?
自分が一番かわいいと思っている人でさえ自分のことには「裸の王様」なのです。
わかっているということは「悟りの境地」にいる人なんでしょうが…。
そこで「芸術」というものを「理解」するという行為の意味が出てきます。
自分の感性にマッチした対象物というものは必ず印象という磁力にひきつけられて目や心の奧に残ります。
そしてそれは自分自身の存在を肯定するための材料となるのです。
芸術は決して「答え」を持っていません。観る人が答えを出すのです。
「ヒントは外にあり、答えは内にある」という言葉があるように、芸術作品というものは自分自身を知るためのヒントが隠されているものなのです。
ドイツの諺に、「己の運を信じるものに不幸なものはいない」とあるように、自分自身を知り、信じる人は成功するのです。だから何億という価値が出てくるのです。自分自身の価値を見出す芸術作品の値段が安いはずがありません。…でも実際は見栄や宣伝など外的アピールや自己満足のために売買されるケースもありますが…。
「芸術」というものを理解する人が必ずしも幸せになるとは限りませんが、「芸術」の理解がない幸せは存在しないのです。「芸術」とは愛情・人情・友情・憎悪…などの心を動かす感情であり、それを行う自分自身です。展覧会などに行かなくても、普段の生活で心が動く対象が存在すれば、それはその人にとっての「芸術」なのです。
大好きな選手がオリンピックで金メダル…感動した!…自分もあのように頑張ってみよう…。
海に行った…海岸から水平線を見てたら何故か涙が出た…。
もうこれはその人にとってのある種の「芸術鑑賞」だと思います。
滴り落ちる水に、ヘレンケラーの様に感動することだってできるはずです。
見栄や猜疑心を取り払い、素直に対象物をみる姿勢が身近にある芸術を鑑賞するには必要なのです。
メディテーションして「呼吸」ひとつひとつが自分を快適にさせているという事実を知ったときとか、六感全部を敏感にさせると、以外なものが自分を感動させていることに気付くでしょう。
自分自身を気付かせてくれるのが「芸術」という僕の結論です。
もし好きな画家の絵などの展覧会を観に行く機会があれば一度考えてみてください。
「その絵に感動させられているのか」、それとも「その絵を観て自分が感動しているのか」を。
きっと何かしら不思議な感覚が心に残るはずです。
僕はどれだけ「理解」できるのだろうか?
そして今どれだけ「裸の王様」なんだろうか?
芸術はいつも僕に不安と疑問、そして感動をもたらしてくれる。
ちなみに最近の僕の芸術は「家族」と「膨らんだお腹」です。
written by ayanpa
でら偏見(5) 劣等感 ~コンプレックス~
前回の「でら偏見 その4」で偉そうなことを書いていましたが、実は僕自身が一番実行出来ていない人間です。何をやっても中途半端で「まあ、いいや」と諦めてしまう部分は昔からずっと心に根付いています。
「ホンダ技研」に憧れて高い授業料を親に負担させ芸大を卒業したものの、結局町工場で車のバンパーなどのエアロパーツ作り…。それが嫌になって他の就職先を探しても開発に携われるわけもなく、広告代理店に就職し2Dの世界へ転身、ふと気が付けばこれからの目標を失っていて、あげくのはてに海外逃亡。
親の立場になって初めて、どれだけ自分の親を不安にさせていたかを知り、「もう逃げない」と心に決めても、まだ逃げ続けているのが現状です。でも、今は子供を持って「逃げられない立場」にいます。
中途半端な自分だけど、この新しい命を守っていかなければならないと、「逃げ場所のない覚悟が、夢に変わった。」この気持ちが、今自分を衝き動かしているのでしょう。
だから、僕を苦しめている劣等感が、逆に「なにくそ!」と良いベクトルになっています。
* * *
僕にとってデザインは、この劣等感を自分の自信に変える作業でもあるのです。
子供を持ったおかげで、5年後、10年後に自分がどういう人間で、どういう親になっていなければならないのか? という目標を持つことができ、今何をするべきか? という課題が明確になりました。
「人生のコンセプト」を子供からプレゼントされたようなものです。
何が何でも、兎にも角にもやりきらなければならない「コンセプト」を。
もちろん、前途多難でこの先どうなるかわからないですが、コンセプトがあるおかげで僕はへたくそなりに人生をデザインできるのです。「劣等感」に包まれた自分のやってきたことが、自分のこの先に対して何らかの役に立ったのであれば、そのとき初めて気持ちが開放される瞬間なんだと思います。
なんだかんだ言っても、結果の出せていない自分にとっては、まだまだ「理想論」です。結果が出せない「負け犬」になんかなりたくないから、失敗しても言い訳はしない覚悟でやれるだけのことはやろうと思います。
僕にとって「結婚」「仕事」「子供」はとてつもない重圧(プレッシャー)であり、逃げ出したくなるくらいに心配や不安といった問題を抱えています。人は、自分の居場所がなくなり、それに耐えられなくなったとき、酒・浮気・ギャンブルなどで紛らわそうと思うのでしょう。
でも、以前は「まあ、いいや」と諦めていた自分が「ま、なんとかなるだろう」と楽観的に物事を前向きに考えられるようになったところは「成長したかな?」と思えるところです。
「自由はがんじがらめの不自由さの中にある」
何者にも束縛されないことが自由ではなくて、自分の希望はまったく正反対の事物に内包されています。
争いがなければ平和を望みません。
病気がなければ健康を望みません。
僕は何者にも束縛されない自由を求めた結果、孤独と、自分で何もかもしなければならないという不自由を与えられました。
影響された言葉に、
「一番の問題は、まったく問題がないことだ」
「一番の恐怖は、恐れを恐れてしまうことだ」
などがあります。
なんの波風も起こさず平々凡々と暮らせる人間なんて存在しない。
病気を心配するあまり、「気を病んで」本当に病気になったら本末転倒です。
「一病息災(一つくらい病気を持っていた方が健康的に生きられる)」の精神で、「心配」「不安」「劣等感」「恐怖」「問題」があるからダメなのではなく、それがあるからこそ「希望」「安心」「自信」「解決」を望み努力していけるものなのだと思います。
「やってもみずに出来ないと言うな!」はやっぱり僕の中では真理です。僕は今も「劣等感」を持っているからこそ、「不屈の精神」を得る努力ができるのだと信じて頑張ろうと思います。
written by ayanpa
でら偏見(4) ライセンス
陸上では人並みの体力を持っているのにプールでは25メートルも泳げず息があがってしまい、「泳ぎのセンスがない」と諦めている人がいる。人にはそれぞれ天性とも言えるセンスを持っていて、どう転んだってできるはずがない…と思っている人がいる。けれども、僕はそれを肯定していません。何故なら、偉人本田宗一郎氏の「やってもみずに出来ないと言うな!」という言葉を信じているからです。
F1で水冷式エンジンが主流の中、空冷式エンジンが表彰台に立ったことは、この「不屈の精神」があればこそだと思うんです。だから、僕は「負け犬」が嫌いです。自分の願望を放棄したり、現状を卑下したりして自分のメンツを立てることばかり考える人。もちろん開き直りは大切ですが、それがウケ狙いや、言い訳で終わってしまうのだとしたらとても悲しい。結果を出せない人はいないはずですから…。
野球でも9回裏まで、人生だって死の間際まで「勝ち・負け」はわからないのです。そもそも、人生に勝ち負けなど無く、それまで頑張ってきた自分に満足かどうかという判断があるだけだと思います。少なくともこの人生ゲームに生きている以上「負け」はないはずですから、現状の自分に諦めず、未来の自分のために一つでも多く「幸せ」という成果をあげる努力をする姿勢が必要だと自分に戒めています。
「ハルウララ」も負け犬(馬?)でなく、勝つ努力をしているからこそ試合に負けても勝負に勝つのだと思います。「オグリキャップ」だって、雑種馬だからサラブレッドには勝てないと自分のセンスを磨かなかったらああはならなかったでしょう。
話を戻して、水の抵抗は空気の約12倍だから、それを基準に単純計算をすると、陸上で300メートル移動できれば25メートル泳ぐ体力は十分あるとなり、あとは泳ぎ方のコツを知るか・知らないかだけとなります。「努力に勝る才能なし」ですから、何度も反復する経験が必要なのです。
人には得手不得手がありますが、それは才能がある・ないではなく、好きか・嫌いか、又は、努力する気があるか・ないかだと思います。「10歳で神童、15歳で天才、20歳過ぎればただの人」ですから、たまたま人より秀でるものをそのとき持っていたとしても、そのセンスは磨き続けなければ意味がないのです。
「センス」を「願望・可能性」と訳せば、「好きこそものの上手なれ」で、好きなことに対する情熱こそが、幸せが来るセンス:「ライ(来)センス:資格」を得ることだと思うのです。だから、「泳げるようになりたいけどセンスがない」と諦めて「負け犬」宣言せず、「今は泳げないけど泳げるよう頑張る」と言う人を僕は尊敬します。赤ん坊は立てないと思う前に立とうとしますよね。しりもちついたり、頭から落ちたりしながら次第に筋力が付き、要領がわかってきて立てるようになります。僕はこれが原点だと思います。
センスとは、その人個人だけに特殊要素とし存在するものではなく、社会の多数が共有する集団的一般要素だと思います。例えば、僕のデザインを気に入ってくれる人がいたとします。それは感覚の一致点があって、共通するセンスを互いに持っているということです。僕はたまたまその人の作り手となったに過ぎません。僕はその人と共有するセンスを持ち得たことに・作れたことをただ嬉しく思うのです。言うなれば僕は褒めてもらえるライセンスを得たのです。
逆に、僕が共感できるモノ(プレゼント・情報など)を提供された時には、ありがたく思い感謝できるのです。それは、僕のセンスと共通する人が僕の願望の作り手となってくれたからです。人は幸せの形が無数にあり、どのセンスを磨くかによって得手・不得手が出来るだけなのです。そして、得手の部分を提供できる人は、不得手の部分を提供される人だと思うのです。逆説もありきで、提供できない人は提供されないのです。それが「平等」というもので、恋愛においても、自分が幸せのセンスを持ち、人を幸せにする努力をしなければ、相手から幸せの提供はされないのです。
サイト運営においては、信用ある情報の提供(投資)が、その対価として報酬やアクセス数、別の有益な情報などに形を変えて返ってくるのでしょう。信用ある情報の提供をするには、デザインで信用ある印象を視覚的に与えなければいけません。それがデザインの「投資」です。似た様な事柄で、パピルスさん(誠実がモットーのすばらしいセンスの方で、僕は隠れファンです)はこんな↓理論を打ち立てています。
http://papyrus-net.com/game.html
http://papyrus-net.com/seijitu1.html
この理論に僕の意見を言わせてもらうと、「誠実な仲間を増やすための誠実な投資」があればナッシュ均衡には陥ないと思います。「♪いい奴ばかりじゃないけど、悪い奴ばかりでもない♪」ですから。
「類は友を呼ぶ」は本当で、まったく違う分野の人だとしても、願望の到達点(センス)が共通していれば必ず同等レベルで融合し、互いの分野で出来る事で支えあいながら一つのコングロマリット(複合体)となっていくのです。「誰も~一人では~生きられない~♪」ですから。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」ではいけませんが…。
芸術が理解されにくいのは、芸術家の持つセンスが常人のセンスを逸脱しているか、外れているからなのです(僕も勘違いなデザインをしてクレームをよくもらいます…泣)。
「憧れる・気に入る・夢見る・期待する・希望する…」などの肯定的感情が起こる対象は全て本人自身の持っている集団的一般要素のセンスなのです。「願望」こそが「センス」であり、努力によって「ライセンス」を得るのです。ちなみに、「競輪競馬などで一攫千金」は希望ではなく「無謀」といい、遊びでできないなら「破滅のセンス」なのだと思います。
啓蒙書で有名なマーフィー氏やカーネギー氏、ナポレオン・ヒル氏などの人達が共通して言っていることは、「願いは叶うもの」です。生まれや体形や肌や言葉や文化などの差別やハンデがあったとしても、その人個人の「幸福さ」には比例しないと言っています。
「金持ちが金を呼ぶ」は、逆に言い換えれば「願望はあるけど、できない・やれない・楽したい」と「心を貧乏」にしている人の所へは「心の裕福さ」は与えられないことになります。「お金」という資本はなくても、「心・頭脳」の資本には際限がないはずです。その資本を最大限に、有効的に投資することによって最大の成果をあげることが成功へ導いてくれると思います。「努力して無駄になることはない」ですから、自分の可能性を信じて損はないはずです。
「儲け」という文字は「信頼される者」と書きます。(”儲”の漢字を分解してみてください。)
「儲ける人」になりたいなら、「信頼される者」というセンスを磨く努力が「儲けるライセンス」を得ることになるのではないでしょうか? 相手の見えないウェブの世界においても、メールや掲示板などの、ちょっとした心配りのあるやりとりの仕方で反応は変わってきます。
「悪銭身に付かず」ですから、一時的に「楽に(稼)ぐ」ことはできても、長期的に「(儲)ける」ことはできないのだと思います。コピペサイトなどはいい例でしょう。表面的なインプット・アウトプットだけで生き残れるほど世の中甘くありません。事実として、悪銭で業は増えても幸せになった人はいないのですから。
僕は『得手に帆をあげて』、誰かにセンスを提供することが出来れば、いつか自分に返ってくると信じて、「幸せになる資格」を得る努力をしていきたいと思います。
written by ayanpa
でら偏見(3) おいたち ~追憶~
若かりしころ、甘ったれて社会になじめず、日本で何もやりたいこと・未来が見えてこなかった時期に、僕の尊敬する人物・本田宗一郎の自伝を読み、「終戦による民主主義の時代がどうなるかわからないから、将棋を指しながら一年くらい遊んで暮らした。
…結果的にその何もしなかったことが時代の流れを読むことになった。」の一文が僕をそのまま海外逃亡という決断をさせた。そして「長渕剛」の音楽に身を任せながら自分の世界に逃げ込んでいった。
場所はどこでもよかった。誰も僕の事を知らない場所・自分の可能性を探せそうな場所・色々な人がいる場所を条件に調べてみると、ワーキングホリデー制度があり、名古屋の姉妹都市であるオーストラリアのシドニーがあり、そこには世界中の移民が住み、物価も1ドル70~80円程度であるという情報を入手した。
虎の子50万円の銀行残高証明をとりオーストラリア大使館に個人申請し、通信簿でいつも英語が「2」の僕が片道キップ握り締めながら「まあ、一年くらいはなんとかなるだろう」…と甘い妄想を抱いて単身、大韓航空の飛行機に右足を踏み込ませたのであった。
■■■ 9000キロ向こう側の常識 ■■■
「世界人口約60億人における日本の人口は約1億。つまり、日本人の持っている常識は60分の1しかないということである。」と何かの本で読んでまさにそれを実体験することになった。ここでは「お金のない人」は本当にない。日本のニュースで「アパート内で貧困のため餓死」とあったが、ここではそんなことできない。借金もできずに路上で死んでいく。それに、そうなる前に生きていくために信号待ちしている車の窓を拭いて小銭をもらっている。
仕事さえ選ばなければ日本でだって生きてゆける。
生きるということに対するスタンス(貪欲さ)が違う。
でも、英語の話せない僕が働ける場所はなかった。日本のエージェント通してこなかったせいか、事前の調査不測か、日本人情報センターがあることも知らなかったからだ。(後でそのことを知り、日本レストランで皿洗いの仕事を入手するのだが…) そのため、お金を惜しんで路上生活していた。夜12時に「コールス」というスーパーで売れ残りのパンを配っていて、現地の浮浪者と取り合いしたこともあった。
…そんな話はさておいて、色々な常識の中で決定的に違うのは「あいさつ」と「休暇のすごし方」である。誰それと見知らぬ人が親しげに挨拶してくる…。これは凝り固まった僕の心の塊を打ち壊すには十分なハンマーだった。
疑り深さや、恐怖感、恥ずかしさ、英語もしゃべれないから返事もできないというもどかしさが当初の僕には苦痛だった。なのに今は、日本のコンビニで「こんにちは!」と店員に声を掛けると変な顔される、というのに苦痛を感じるが…。
オーストラリアの休暇とは書いて字のごとく「休むための暇」である。全部そうだとは言わないが、僕の印象ではだいたいの人は近くの公園や海に出かけ、日向ぼっこや読書、バーベキューやビーチバレーやサーフィンといった日本では行事的なことがごく日常的に行われている。会社帰りにぷらっとサーフィン…日本で可能だろうか? 日本は金がないと楽しめないのである。
タバコが一箱約10ドル(約800円)し、GST(消費税)が10%、環境福祉税がべらぼうに高いこの国では車イス用タクシーやバスなどバリヤフリーのサービスが充実していて、公園の中に家があるんじゃないか?と思えるくらい開けていて、海に潜ればウニやサザエがとり放題。(違法です!でも何度か飢えをしのがせてもらいました)。この環境の中、イギリス人のジョセフとドイツ人のジョーゼフ(二人とも同じスペル)という最初の友人にバックパッカーで出会いゼスチャー以外コミュニケーションがとれない僕に色々教えてくれた。もちろん悪いことも…。
「10分歩けば日本人に当たる」くらい日本の情報センターも、日本人も多かったが、日本語がしゃべれるという安心感とともに「俺は何しにここに来たんだろう?」という不安にかられた。でも、ずっと後になってからだけど、「外国人に対する自分の言葉や文化や常識が、60分の1で他の常識と別々に存在しているのではなく、もともと自分には60個の常識の引き出しを持っていて、今まで一個の引き出ししか開けていなかっただけだ」と思ったら、日本人である、外国人であるといった拘りがなくなった。僕は一つの引き出しが開けたおかげで、誰それと隔たりなく話せるようになった。9000キロの差なんてないんだと思った。
■■■ 「チアーズ」との出会い ■■■
何ヶ月かしてここでの生活に慣れた頃、現地で日本人のために日本語で日本や現地の情報を発信する「チアーズ」という新聞社のデザイナー募集のちらしを見て興味本位に面接だけ、と思ってハーバーブリッジを渡った所にある会社を覗いた。そしたら、ジーパンTシャツ姿の小太りの浜田省吾か尾崎豊のような関西出身(上品な北側出身だと主張)の社長「Moさん」(相当な経歴の持ち主)が現れ、いきなり「じゃ、明日から!」と言ってきた。
「…いっ…いや、住むところ探さないといけないし、英語学校通うので…。」と返すと「じゃ、学校終わったらすぐきて!」…ということで、結局働くことになった。
後にビジネスビザで2年働くことになるのだが、その時は締め切り間際で前任デザイナーさんが辞めて誰も他にやれるひとがいないから、誰でもいいから手伝って欲しかったらしい。初日、学校の友達からの「パブに遊びに行こう」との誘いを断り出社。そこにあったのは僕に用意された机に山のように積まれた発注書とウィンドウズパソコンだった。その時のパソコン歴はマックで2年。ウィンドウズ?なんじゃそら!!?「英数・かな」の切り替えも英字キーボードだからわからん!ソフトも、イラレやフォトショップやクオークじゃない!! そんなところからスタートしたから、そのまま徹夜コース突入。朝にはなんとか数件の広告を作ったのでした。当然学校は欠席。悲しむ暇もなく締め切りに追われるのであった。
一番困ったのが電話応対。「へロー!」とかかってきたら「ほっ…ほーるど おん プリーズ」がやっとだった。相手の表情やしぐさがないと単純な言葉でも緊張してうまく聞き取れないのだ。結局、それが訓練になってリスニングは上達したのだが、あんまり学校に出席しないので友達はいなくなった…。締め切りがなんとか終わって不眠不休と英語ストレスを浴びた耳に、Moさんが「何もわからんかったのによくやったなあ!ありがとさん!」と褒めてくれた瞬間、10センチ体が浮いた気がした。
日本の「作業効率を優先した個性の埋没」に嫌気がさしていた僕が、自分で考え、必要なことを判断し、独創した。そして認められたような気がした瞬間だった。それまで、人の言われるままが社会の一員になることだと思い、自分を殺そうとしてもできず反発してた自分がばからしく思えた瞬間でもあった。
僕の「日本人→閉鎖的・不自由、外国人→開放的・自由」といった偏見を変えたのは外国の人でなく、日本人だったのです。
「必要は発明の母」という言葉があるが今僕は必要とされていた。
そして僕も英語やパソコンや人との交流を必要と思い勉強できた。
自由とは、不自由の中に存在する「必要性」なのだ。
生きること、才能・可能性も、死や、不可能の対極にあるのではない!
これがきっかけで「自分が何をつくりたいか?」よりも「その人が何を表現してもらいたがっているのか?」の必要性をよく考えるようになった。他人のことを考えることは自分の個を殺すことではない。自分の個を生かすためにある。
それから僕のデザインは以前のと見比べると、ショーケースに飾られたような最新の流行からは遠のいてしまったが、お祭りの屋台のどて串と散切りキャベツみたいに、「クドいがつい食べたくなる味」が出てきたような気がする…。
ビジネスビザの期限が切れ日本に帰ってきて、今僕はデザイナーの仕事ではありません。僕のデザインは人生を「設計」することだと思いますのでまったく別の挑戦できそうな職種を選びました。僕は今人生そのものをデザインしようと思っています。僕のデザインに共感できる人、出来ない人、へたくそだと思う人など色々いると思いますが、これが僕のスタンスであり、表現なのでご意見色々あると思いますが勘弁して下さい。
オーストラリアに興味のある人は、是非チアーズを覗いてみてください。
written by ayanpa
でら偏見(2) 雑誌を読もう!
「学ぶ」とは「まねぶ」から来ています。
つまり、何かの真似をすることから経験することを指すんですね。
先人たちは主に自然から原理を学び、それを利用して道具を作ったり、芸術・文明などを残してきました。そして現代、コンピュータの時代になり、人は最初から最後まで学ぶ必要はなく、最初と最後だけを学ぶだけで良くなりました。この情報が溢れる現代では、「何故それが存在している」のかを考えず、「それはそういうもの」とだけ認識するのです。
プラトン哲学の言う「イデア(事物が存在している根拠)」が「アイデア」となりました。今はヒラメキという解釈になっていますが、僕の解釈は「その存在理由・必要性を問い、理論に理論を重ね、最終的に具象化されて出てくる思考・事物」だと思います。パッと頭に思いつくものではなくて、自分なりの経験や哲学があるからこそ出てくるものだと思うんです。
「存在」するということは何かしらの「必要性・必然性」があるということなんです。でも全て一切は完全であるため、陰陽(昼と夜、男と女、剛と柔など)の関係からその対極にある物事も存在してしまうのです。ノーヴェル博士の発明した「ダイナマイト」は土木建築を効率化させる「必要性・必然性」をもって生まれましたが、カルト宗教や戦争といったプロパガンダ的な「必要性・必然性」を主張するための物でもあるのです。要するにデザインは自分にとっての「善悪の存在意義(アイデア)」を主張する行為となるんですね。
…あれあれ、かなり話が脱線してしまいましたが、そう、「雑誌を読もう!」です。子供が親のしぐさなどをマネて育つように、「かっちょいいデザインがされているものをパクる…いや、学ぼう!」ということです。
どれがいいデザインなのか見分ける方法。それは、「自分が楽しく読める雑誌」です。自分の気に入ってるページには、なんらかの共感できるデザインの理由があって見ているんです。文字ばっかりの小説であっても、内容もさることながら、文字の配列、空間の空け方などで飽きずに読めるようなデザインが施されているのです。
今までのコラムの内容を気にしながら読むと、意外なことを発見できると思うんです。枠の取り方、罫線の使い方、フォントの使い方など、気に入っている雑誌は気に入っていない雑誌に比べ、自分にとって良いデザインであるはずです。その中に「アイデア」は存在するのです。どれだけ良い内容だとしても、良いデザインでないものは淘汰されていってしまうのです。あとはその自分の「アイデア」を自分の中に取り込む作業をするだけです。
僕の現役時代は、自分の好きなポストカードや雑誌の切り抜き、風景などをスクラップにまとめて、表現に詰まったときに参考にしていました。今でもふっと目に飛び込んでくるものに対し、「う~ん、そんなやり方があったか!」と考えたりします。
僕の場合は雑誌を読むんじゃなくて、雑誌を観るという行為になってしまったので、視覚的に引き込まれない限りその内容は読まないことが多いです。新聞や週刊誌なんか見出しがかなり大きく設定されているので、その内容が好きかどうかは別としてもつい見てしまうデザインですよね。
デザインするに当たって、「アイデア」は自分の興味を引くものの中に存在しますので、あなたの本棚に並んでいる本をもう一度違う目で見てみてはいかがでしょうか?
written by ayanpa
でら偏見(1) デザインとは何ぞや
デザインはDe sign(指し示す・導く・サイン)というフランス語が語源になっています。つまり、デザインとは、誰かに何かを伝える方法として存在しているんですね。
中国では「設計」と書いてデザインと読みます。デザイナーとは「言いたいことを伝えるための設計士」のことなんです。ですから「かっこいい・かわいいデザイン!」というのは、同時に「機能的である、伝えたい事がわかる」ということなんです。格好だけ良くて機能性もないし壊れやすいなどの商品を、僕は「デザインされたもの」とは認めていません。
自分の作品に対してもそうで、クライアントが喜んでくれなかったり、ユーザーが認めてくれなかったりしたらその作品を認めません。
芸術家とデザイナーの境界は、自分にとって満足か相手にとって満足か、の違いだと思っていますので、デザインをする以上見る人を満足させられるようなことを考えなければなりません。良いデザインをすることのメリットは、相手の満足度は自分の利益につながることです。相手が何を欲しているのか、どんな風に見せてあげればいいのかを考えるのは、デザインだけでなく、人との交流においても大切なことではないでしょうか?
相手の気持ちを汲むことで自分の魅力を何倍にも引き上げることができる方法が人生においてのデザインだと思います。インターネットではなかなか面と向かって交流をするということはできませんが、文章で、写真で、イラストで、声・音で、自分のスタンス、キャラクターなどを表現することは可能だと信じています。インターネット時代の新しいコミュニティの場を盛り上げるために、僕も微弱ながらバナー作成などで貢献させてもらいますので、一緒に人生をデザインしていきましょう!
妻と子のコンセプト(わがまま?)を汲むのは大変ですね。
まだまだ自分をデザインできていませんね(笑)。
written by ayanpa