| 発想法その3 |
<10 発想法 その3 >
屁持論 : リスクは逃げず乗り越えるもの
taboo:禁制の, 禁忌
どれだけ自分が「あたりまえ」と思っていても、誰もがやらないことをするにはとんでもない勇気が必要なこともある。それは、周りから見れば「非常識」と思われかねない行為になるからだがや。
例えば、小学校の頃、トイレに行くにしても「ショウ」はよくても「ダイ」はタブーだったり、みんなでご飯を食べてて、お皿に最後のおかずが残っている場合、それを当たり前のように取って食べてしまうのはタブーであったり…。
世の中のタブーは、実は、「やってあたりまえのこと」である場合が少なくにゃー。仕事でお金を儲けるのならいいが、好きな趣味などでお金を儲けるのはタブーであったりと、自分の能力の幅を「タブー」という言葉で知らにゃーうちに制限してしまってる場合があると思うんだがや。
ガリレオの「地動説」、ダーウィンの「進化論」、ダヴィンチの「人体解剖」、エジソンの「白色電球」、コロンブスの「地球説」など、今まで常識といわれてきたものをひっくりかえすタブーから「あたりまえ」のものが発見されてきているなも。
一見、合いそうになく思える「苺大福」なんかもその発想からきているがや。
平成17年2月現在においてはライブドアの堀江さんなんかがそうではないだろうか?
彼のしていることは常識という枠の中では「けしからん!金のためだけにやってる!
公共のものなのに人の気持ちを考えていない!」と思う人が多いかもしれにゃー。
でも、株を売る・買うは当たり前のことだと思うし、それにそのリスクを乗り越えた時の夢の構想がちゃんとあるのなら、おいらは応援してあげたいと思うがや。
リスクを恐れて何もしない人よりは、野望であったとしてもリスクを恐れず乗り越えようとするその姿勢は、もし今回失敗してしまったとしても、おいらは尊敬の意をもって評価するなも。
おいらには800億の社債どころか、目の前の現実に精一杯だで…。
ここでおいらの言いたいことは、知らにゃーうちに自分をタブーにしてまって発想の制限をかけてにゃーかな?ということなんだがや。
ちょっと意味あいが変わるが、「仕事で忙しいから」「子育てが大変だから」「お金がないから」「世間体が気になるから」「環境が悪いから」「パートナーが悪いから」と自分の本当にやりたいこと・必要なものをなにかにつけて言い訳してる自分がいることがあるなも。
後になって「やっとけばよかった」と後悔しても、それはその人にとってその時本当に必要なものではなかったのだからしょうがなくなる。
発想やチャンスは忙しい時や逆境の時によく出てくるものなので、それを掴もうと思うなら、自分に制限をかけているものを解かないとあかん。
それが「常識」や「秩序」だったりするから強敵だ。
そして、発想すること、お金持ちになること、幸せになることに「罪悪感」を抱かないようにしないとかん。人は、特に日本人は、周りと同調することで安心感を得ているもんだで、人とは違う考え方をしたり、自分だけがお金持ちや幸せになってまうことを願っているわりには「清貧思考」なのか遠慮してまっとるんだがや。
必要なことは、新しい発想をしたならリスクを乗り越え、それをなんとか実現させ、それをみんなで分け合う気持ちを持つことだがや。ドクター中松の「給油ポンプ」や日本の主婦の発明した「毛玉取り」など、その人の必要を形にしなければ、今でもみんなストーブの灯油をジョウゴで入れ、毛玉をカミソリで剃っているはずだがや。
デザインしていく上でも同じことが言え、新しい形態・色などはそれまでの常識を打ち破る作業でもあると思うんだがや。
例をあげれば、食品関係のデザインに「青」の色はタブーだったんだがや。
何故なら、「青」は食欲減退の色だったから…。
ところが、コーヒーからスパゲッティなど青を使ったデザインが登場し、今ではコンビニに行っても青のパッケージのものを多く見るようになったなも。
それはダイエットブームのせいだとある心理学者は言っていたが、それにしてもそのタブーを犯して売り上げが落ち込んだらその企業は大変だったと思うんだがや。
こんな感じで「常識外れ」ではなく、「常識を超える」発想は必要と時代の流れにリンクしているものなので、もし、「これ面白いな」と思ったことはドンドン挑戦していってちょ!
あたりまえのことをあたりまえにやるだけで自分の枠を広げられると思うんだがや。
では、バイちゃ!written by あやんぱ
Post Script :
大学時代おいらはみんなにウケようと思って全身「赤」の服や靴、髪で登校したことがあった。
その結果、変人の集まりである芸術大学のみんなに変人扱いされました…切腹!
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